Izumi Yukio: “Ju pli da paroltemoj, des pli da kontaktemoj”

3分間エスペラント会話
著者:泉 幸男
発行:リブロテーコ東京
初版:1990年6月25日

この本の利用者のみなさんへ

 1989年6月初め。北京・天安門に通じる長安街とその周辺で、いわゆる「6・4事件」がおこり、私は駐在地北京から1週間一時帰国しました。さっそく古巣の日本エスペラント学会の事務局に行ってみると、翌日イラン人のエスペランティストを紹介するからと、スケジュールを楽しそうに思案している主婦の方が、私にこんなこと言われました。「これ1冊読めば、エスペラント会話はOK、というような本はありませんかねェ」。

 外国のお客さんを自宅に招いたり、いろいろなところに案内したりして、日本のことや相手の国のことを話したい―と誰もが思っていることでしょう。そんな人のために、少しでもお役にたてばと書いたのがこの本です。

 いわゆる「外国語の会話がうまくなる」コツというのは何でしょう。文法や語彙の基礎を学んでおかねばならないのはもちろんですが、何かコツのようなものもありそうです。

 まず、使いそうな語彙を覚えることです。エスペラントの初級を終われば、hundo(犬)とかlango(舌)とかいう単語は覚えているわけですが、実際に外国人と街を歩いて会話をするときには、多分使われる確率は少ない。むしろ、bileto(切符)とかrestoracio(レストラン)とかいう言葉の方が大事でしょう。筆者の私も、中国で商社マンとして駐在しているとき、先ずペラペラになったのが、ホテルの予約のための電話の会話と、食堂での食事の注文のためのウエイトレスとの会話。50語ほどの限られた語彙を覚えただけで、ペラペラになれるのです。話題を広げたければ、別の分野の語彙を仕入れればいいのです。

 次に必要なものは、ユーモアと若干の軽薄さでしょうか。相手と自分に対する心の広さ、といってもいいかもしれません。

 そしてまた、必要なもう1つのものは、知識―というより雑学です。言葉の学習というのは、膨大な雑学の集積といってもいいでしょう。良い辞書というのは、雑学の金字塔です。雑学こそが、1つの文化・文明を如実に記述します。

 カタコトからペラペラへ脱皮するためには、正しい文法に慣れるための反復(文型の変換の練習をしたり、辞書で典型的な例文を読んだり)も必要です。ものを「読んで分かる」というのと、「書ける、話せる」というのは、かなりレベルが違います。「書こう、話そう」とすると、正確な語彙や文法が意外に身についていないことに気がつくものです。これを補うのには、作文練習がけっこう役立ちます。

 ―と、こんなことを考えながら書いたのが、この本です。

 テキスト本文は、比較的やさしく短い文からなっていますので、初級を終えたばかりの人の教材としても使っていただけると思います。テキスト本文は、2人のドイツ人と1人のユーゴスラビア人に目を通してもらってありますので、日本人くささは洗い落とせたのではないかと思います。

 雑学エッセーはお好みのページからお読み下さい。練習問題は、初級を終わったばかりの方にはちょっと難しいかもしれません。適当な時期にトライしてみてください。

 日本の固有名詞のローマ字綴り、及び日本語単語のエスペラント化についても、私の考え方を書きました。この問題に多くの方が関心を持たれることを願っています。

IzumiYukio1990a

 

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